2018年12月18日
お金の問題じゃないんです! という、お話
「お金の問題じゃないんです。許せないんです」「判らせてやりたいんです」
紛争の当事者になられたみなさんのこういうお言葉、この職業をしていると、とてもよく聞きます。相手を訴えたい、という時もそうですし、和解すべきかどうか、という、究極の局面でも、そうです。
たとえば、私たちが相手に請求をする側で、300万なら和解が成立して即決で払ってもらえる、一方、350万まで求めると、和解ではまとまらず、判決になってしまい、強制執行をしないと金銭を得られない、あるいは、強制執行をしても、空振りになってしまい、結局、支払いが得られなくなるような恐れがある、そういうときです。
金銭的なものだけを見ると、300万円で和解してすぐにもらってしまった方が、絶対にお得で、弁護士としてはお客様にそれをお勧めする。でもお客様は、納得できない…。
お気持ちはわかります。でも、特に、企業法務ではなくて個人のお客様の場合には。
最後に残るのは、お金なんです。(企業さんの場合には、他の従業員への示しや、株主への説明義務など、また違った問題がありますね)
お金よりも、「判らせてやりたい」「懲らしめてやりたい」という思いを優先したとしても、その結果得られる、あなたの「やった」という満足感は、その瞬間で消えてしまうものなのです。
事件が終わっても、日々の生活は、続いていきます。毎日あくせくと働き、2年3年、5年、と経った時に「ああ、あの時のお金があれば」「やっぱり、あの時お金をきっちりもらっておけばよかった」
そういう思いをいだく方も、少なくない。特に、お子さんを抱えて離婚する奥さんなどは、いかにそのときは、旦那さんの不貞に怒っていて、金額の額面にこだわったとしても、日々成長しカネのかかるお子さんを抱えて暮らしていく中で、ああ、あの時のお金があれば、いま、この子に使えたのに…と思うことが、多いようです。
ですから、弁護士に和解を勧められ、その金額に感情的に納得できないときは、よく、考えてください。3年後の、5年後のあなたのことを。
その時、その感情に支配されてしまう人情は、よくわかります。しかし、ひとの感情は、すぐ、変わるものなのです。その時その思いが強ければ強いほど、すぐ、変わるものなのです。
そして現実の生活、生活のための必要性は、続いていくものなのですから。
紛争の当事者になられたみなさんのこういうお言葉、この職業をしていると、とてもよく聞きます。相手を訴えたい、という時もそうですし、和解すべきかどうか、という、究極の局面でも、そうです。
たとえば、私たちが相手に請求をする側で、300万なら和解が成立して即決で払ってもらえる、一方、350万まで求めると、和解ではまとまらず、判決になってしまい、強制執行をしないと金銭を得られない、あるいは、強制執行をしても、空振りになってしまい、結局、支払いが得られなくなるような恐れがある、そういうときです。
金銭的なものだけを見ると、300万円で和解してすぐにもらってしまった方が、絶対にお得で、弁護士としてはお客様にそれをお勧めする。でもお客様は、納得できない…。
お気持ちはわかります。でも、特に、企業法務ではなくて個人のお客様の場合には。
最後に残るのは、お金なんです。(企業さんの場合には、他の従業員への示しや、株主への説明義務など、また違った問題がありますね)
お金よりも、「判らせてやりたい」「懲らしめてやりたい」という思いを優先したとしても、その結果得られる、あなたの「やった」という満足感は、その瞬間で消えてしまうものなのです。
事件が終わっても、日々の生活は、続いていきます。毎日あくせくと働き、2年3年、5年、と経った時に「ああ、あの時のお金があれば」「やっぱり、あの時お金をきっちりもらっておけばよかった」
そういう思いをいだく方も、少なくない。特に、お子さんを抱えて離婚する奥さんなどは、いかにそのときは、旦那さんの不貞に怒っていて、金額の額面にこだわったとしても、日々成長しカネのかかるお子さんを抱えて暮らしていく中で、ああ、あの時のお金があれば、いま、この子に使えたのに…と思うことが、多いようです。
ですから、弁護士に和解を勧められ、その金額に感情的に納得できないときは、よく、考えてください。3年後の、5年後のあなたのことを。
その時、その感情に支配されてしまう人情は、よくわかります。しかし、ひとの感情は、すぐ、変わるものなのです。その時その思いが強ければ強いほど、すぐ、変わるものなのです。
そして現実の生活、生活のための必要性は、続いていくものなのですから。