2018年11月29日
熟年離婚~人生100年時代の離婚のカタチ
あまり意識されないことかもしれませんが、婚姻とは、契約です。
婚姻によって、ひとは、同居義務や、貞操義務を負います。当事者間の合意によって、権利義務が発生するのですから、婚姻が契約という面を持つことは、間違いありません。
一般的に、長期間続く契約には、契約期間、というものがあります。リース契約や、金銭の消費貸借契約など、みな、いついつまでに終わる、というのが、普通です。
ところが、婚姻契約は、終期無く、一度締結すると両当事者は半永久的に拘束される、極めて変わった契約です。
人類はつい最近の超高齢化社会到来まで、長い間、「人生50年」でした。婚姻契約に終期がない、「死ぬまで続く、添い遂げることが前提」という奇妙な性質は、人生50年時代の名残なのではないでしょうか
そして今は、人生100年時代」です。そうなると、これからの婚姻契約には、今までとは全く違う性質が求められるのではないかとおもうのです。人生の前半、中盤、後半、で、パートナーを変える、というのが当たり前になるかもしれません。或いは、10年ごとに契約の条件を見なおす、ということも、あるかもしれません。
熟年離婚が増えています。80歳過ぎてから離婚という例も、多く扱うようになりました。こうなると、ともかく、添い遂げるのが美徳、という時代は、明らかに終わりつつように、思います。あと5年後、婚姻は、今私たちが考えている形態とは全く違う様相を見せるかもしれません。
野島
婚姻によって、ひとは、同居義務や、貞操義務を負います。当事者間の合意によって、権利義務が発生するのですから、婚姻が契約という面を持つことは、間違いありません。
一般的に、長期間続く契約には、契約期間、というものがあります。リース契約や、金銭の消費貸借契約など、みな、いついつまでに終わる、というのが、普通です。
ところが、婚姻契約は、終期無く、一度締結すると両当事者は半永久的に拘束される、極めて変わった契約です。
人類はつい最近の超高齢化社会到来まで、長い間、「人生50年」でした。婚姻契約に終期がない、「死ぬまで続く、添い遂げることが前提」という奇妙な性質は、人生50年時代の名残なのではないでしょうか
そして今は、人生100年時代」です。そうなると、これからの婚姻契約には、今までとは全く違う性質が求められるのではないかとおもうのです。人生の前半、中盤、後半、で、パートナーを変える、というのが当たり前になるかもしれません。或いは、10年ごとに契約の条件を見なおす、ということも、あるかもしれません。
熟年離婚が増えています。80歳過ぎてから離婚という例も、多く扱うようになりました。こうなると、ともかく、添い遂げるのが美徳、という時代は、明らかに終わりつつように、思います。あと5年後、婚姻は、今私たちが考えている形態とは全く違う様相を見せるかもしれません。
野島