2021年11月22日

菌類との対話に関する覚書

今年はまれにみるきのこ不作の年と言われていますが、ようやくぼちぼちある程度、きのこが出てまいりました。

以下は完全に私的な、「キノコ採り覚書」です。

・当たり前のことだが、いつもきのこが出る場所に毎年きのこが出るとは限らない。日常はいつまでも続くものではない。今あることに感謝すべし。

・すぐにきのこが出ないからと言って諦めない。「ここ無いから次の個所いこ」などとやっていると結局移動にばかり時間がかかってきのこと出会えないし、そのヤマ全体を知ることもできなくなる。次々にパートナーを取り換えてもろくなことは無いのと同じです。

・きのこがないからつまらない、などとヤマに文句を言わない。きのこが有ろうとなかろうと山はヤマです。ヤマはヤマであるだけで十分なのです。求めすぎて不満を言ってはいけません。これもパートナーにあれこれ求めすぎて不満を言ってはいけないのとおなじです。きのこを探せるだけで幸せなのです。パートナーがそこにいてくれるだけで十分なのと同じです。
きのこなかったけど楽しい山歩きだったな、と思えるくらいのココロの余裕を。

・きのこに挨拶すること。せっかくきのこがそこにいてくれたのです。声もかけずに襲い掛かったりしてはいけません。そこにきのこがいてくれたことに感謝し、それをきのこに伝えましょう。大切に心を込めて採取しましょう。

きのこは偉大な生物です。キノコを採ることでそのヤマを深く知ることができるのみならず、山のありがたさや奥深さ、危険性までも、より、深くわかることができるようになります。きのこは山歩きを、非常に充実した、色どり鮮やかなものにしてくれます。

さいごに、採ったきのこはその日のうちに処理しましょう。必ず取った本人が処理しましょう。少なくとも水につけてだいたいの汚れを取るくらいのところまではその日のうちにやりましょう。でないと翌日がしんどい。これはキノコを採る人はみなご存じのことと思います。腰が痛くなっても、手が冷たくかじかんでも、徹夜してでも、採ったきのこはきちんと処理をすることです。これはまあ人生のけじめみたいなもんですし、きのこに対する礼儀でもあると思っています。

菌類との対話に関する覚書